生命が40億年をかけてどうやっていまの姿に進化(エヴォルヴ)してきたのかは、誰しも興味をもつ大きなテーマです。進化分子工学は、ダーヴィン的な「変異」と「選択」を基本原理として、次々と新しい人工分子を生み出してきていますが、これで進化の仕組みが全て分かった訳ではありません。むしろ、試験管内進化系で創製できる人工バイオ分子は、天然バイオ分子に比べると、はるかに単純なものに限られるといった方が正解ですので、まだまだわれわれが知らない進化の仕組みがありそうです。 

 

そもそも進化分子工学は、1つの分子を進化させようとするシステムです。しかしながら、1つの分子が生まれたところで、生命が誕生するわけではありません。生物の進化は、複数の因子の相互作用がおりなす「システム」の発展としてとらえるべきものです。システムの進化の過程には、もちろん「変異」と「選択」が少なからず貢献をしたことは明白ですが、それだけでは無いようです。システムが変異するときに、ナイーブに無方向に変異していくのか、あるいは、何らかの方向性や必然性をもって変異していくのかは、興味のあるところです。蛋白創製研究部で開発されたMolCraftでは、「繰り返し性」を取り入れており、その意味では「変異」に制限を与えている点が、単純な進化分子工学的手法と「少し」異なる点です。   

 

「エヴォリューション」と少し関連のある言葉に「自己組織化」という言葉があります。「自己組織化(self-organization)」の定義は、学問分野によって異なるので、こだわるとややこしくなります。上で述べた「生物の進化があたかも方向性や必然性をもって進んできたように見える」を「進化が自己組織化的に進んだように見える」と言い換えても違和感はありませんので、とりあえずはそういった感じで捉えてください。同じように、「生物の発生や、ウイルス粒子などの超分子形成は自己組織化的に進む」と表現することに、生物学者は異を唱えないでしょう。このように感覚としては「自己組織化」は生物にはとても親和性のある言葉です。ただし、その機構がよく分からないので、注意深く使わないと妄言を吐いているにすぎないと非難されます。  

「自己組織化」の機構がよく分かってないと言うと、「進化はさておき、生物の発生や超分子形成の機構は既に明らかにされているのではないか?」と不思議に思われるかもしれません。確かにある意味では、分子レベルで詳細に分かっているかもしれません。ただ、工学のように、「明らかにされた原理に基づいて自由に人工物がつくれる」のか、と問うてみると、とてもそのようなレベルに達していないのが現状です。発生・分化の自由な制御は、再生医療で今まさに挑戦されている問題です。ウイルス様分子を、ゼロから出発して合理的にデザインするのも、蛋白工学の次の挑戦です。自己組織化の機構については、まだ何も分かっていないと言い切っても言い過ぎではありません。  

 

蛋白創製研究部では、人工バイオ分子の研究を通じて、自己組織化の問題にも挑戦しています。ここでは、自己組織化問題を、挑戦可能なテーマとするために、自己組織化を「構成要素の構造や機能からは容易に想到することのできない構造や機能が生み出されること」とします。

 

 

MolCraftにより人工タンパク質を創製している過程で、予想もしない活性に遭遇することがあります(Shiba et al, EMBO R, 2003; Kokubun et al, Biomacromol, 2008) 。これもある種の機能創発なのでしょう。結合活性で進化させた人工ペプチドが、同時に強い自己集合能力を併せもつケースもありました(Sano et al, Protein Eng Des Sel, 2007)。ただ、今のところセレンディピタスにこのような機能創発に遭遇しているのが現状です。    

 

合理的に「階層構造の創発」を起こさせるには、どのようにすればよいのでしょう?われわれは、それを要素間の「特異的で弱い結合」に求めます。生体高分子の相互作用は、基本的に水素結合、ファン・デル・ワールス力、疎水結合力などが効果的に統合された力です。われわれはこれらを「近傍接力(vicinity forces)」として括ります。また、これらの相互作用は、極めて直交性の高いものです。細胞の中はゲルのように無数のタンパク質が詰め込まれているのにも関わらず、その中で特定のタンパク質同志がネットワークを形成しているのが事実です。したがって、直交性の高い近傍接力を構成要素に賦与することから、階層を超えた構造・機能が創発するのではないかと考えています。アプローチの1つとしては、われわの開発したフェリチン表面への人工ペプチドを提示する系(Sano et al, Small, 2005)に、相互作用能力をもったペプチドを提示していく方法が考えられます(Matsui et al, Langmuir, 2007; Ikezoe et al, Langmuir, 2008)。 MolCraftを利用して、これらのペプチドの組み合わせを利用する方法も考えられます。  

 

自己組織化を自由に操るためには、「近傍接力」や「直交性」の考え方に加えて、「進化分子工学系」との共役が必須だと考えています。前述しましたように、現行の進化分子工学系は、1つの分子を進化させることに主眼が置かれ、離散分子間の「システムの進化」は実現していません。多要素間の「相互作用」に変異を加えながら、機能・構造が創発したものを選択するシステムが必要となるでしょう。このような次世代の進化分子工学システムが完成することによって初めて、真に革新的なボトム・アップ手法による微細構造形成法が生まれるものと信じています。