90年代に確立した「進化分子工学」の基本原理はダーヴィン的な「変異」と「選択(淘汰)」です。生物集団中には、いろいろな変わりもの(変異体)がたくさん存在するわけですが、まわりの環境が変化すると、その環境にたまたま適した変わり者が、他のものより効率よく子孫を作り(複製し)、結果的に、集団の中に広まる、とするものです。この過程が「自然淘汰」であり、これによって生物が徐々に進化する、とダーヴィンは考えました。  

 

「進化分子工学」にはいろいろな形式が存在しますが、その中の1つである「ペプチド提示ファージ系」を例に、このダーヴィン的進化を考えていきましょう。「ペプチド提示ファージ系」での「変異体」手段は「ランダムな配列をもったペプチド」に相当します。実際には、ほぼランダムな配列をもったDNAを、ファージゲノムの特定部分に挿入することで、ランダムなペプチドをファージ粒子の表面に提示したファージ・ライブラリーが調製できます。 

 

 

 

ファージは、大腸菌に感染させることによって、簡単に子孫を増やすことができますが、この大腸菌での増幅をおこなう前に、試験管の中で、特定の標的分子に結合するファージのみを選ぶ操作を加えます。例えば、ファージ・ライブラリーをチタンの粒子と混ぜてインキュベートします。ほとんどのファージは、チタン粒子には結合しませんが、たまたまチタン粒子に結合するペプチド配列を提示していたファージがいると、そのファージは溶液中でチタン粒子に結合してしまいます。結合しなかったファージを洗い落とし(洗浄)、結合したファージのみをうまく回収して(溶出)、大腸菌に感染させて子孫を増やします。  

 

こうすることにより、最初のファージ集団全体が複製されるのではなく、チタンに結合するファージのみが複製することになります。これが、「環境にたまたま適した変異体が、より効率よく複製する」といった淘汰を生み出します。

 

 

 

模式図で考えると、上の「結合」「洗浄」「溶出」「増幅」の操作を1セットおこなうと、標的分子に結合するペプチド(=ペプチド・アプタマー)が取れてくるように思えますが、実際には非特異的なバックグラウンドの結合が問題となりますので、「結合」「洗浄」「増幅」の操作(これを「パニング」サイクルと呼びます)を何回か繰り返しながら、集団中の結合ファージの割合を濃縮していくような感じで実験は進められます。  

 

「進化分子工学」は「試験管内進化系」や「実験進化学」「in vitro 進化」などとも呼ばれます。ペプチドの他にも、RNAやDNAを最終産物とする進化系も盛んに研究されています。ランダムな配列ではなく、既存の天然タンパク質からスタートし、その変異体の中から、狙った方向に性質が変わったものをさがすといった研究もあります。狙った方向に性質を変えることを、「定方向進化」と呼んだりすることもあります。われわれ独自のシステムである、MolCraftも、複数モチーフの組み合わせ的(コンビナトリアル)な集団(=変異)の中から、もっとも狙った活性を強く示すクローンを選ぶ(淘汰)といった操作を採りますので、これもまたダーヴィン的な進化分子工学の仲間の1つと考えても良いでしょう。

 

すでにRNAの進化分子工学からは、Macugenと呼ばれる治療薬が生み出されています。ペプチドの進化分子工学からもHematideと呼ばれる貧血治療薬の第3相試験が米国で進んでいます。このように、大きな可能性をもった進化分子工学ですが、注意しなければならない落とし穴もあります。確かに進化分子工学からは、与えられた「環境」で高く機能する人工生体高分子が創製されます。ただし、与えられた「環境」ではうまく働くものの、少し環境条件を変えた途端に、予想外の振る舞いをしてしまうことがしばしばあります。進化分子工学で用いる淘汰環境は、一般的にはプラスチックチューブの中に、緩衝液、塩化ナトリウム、牛血清アルブミン and/or 界面活性剤のみを含む単純な環境です。得られた人工ペプチドが、同じような単純な系で用いられる場合は、よいのですが、がらりと変わった環境で用いられる場合は、期待した働きをしてくれないかもしれません。    

 

逆の言い方をすれば、人工ペプチドは、最終的にどのような出口で用いられるのかをはっきりさせ、その出口に可能な限り近い環境条件で進化させることが大切です。あるシステム内での特異的な相互関係を「直交性」と呼びます。人工ペプチドが、それが利用されるシステム内で高い直交性を示すように、出口環境に近い条件で進化実験を進めるのが、「人工ペプチドの『その場』創製」で、このような操作で得られたペプチドを「直交ペプチド分子」と呼びます。  

 

蛋白創製研究部では、癌研有明病院と連携しながら、がん細胞を認識する直交性の高いペプチド・アプタマーの創製に取り組んでいます。また、このような直交性の高いペプチドを基板表面に固相化した、「直交バイオ界面」の概念を提案し、その基礎・応用研究を進めています。  

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